【校長のつぶやき】話し合う意味(令和5年10月30日・月)
- 公開日
- 2023/10/30
- 更新日
- 2023/10/30
校長のつぶやき
今日、3年生の国語の授業を参観しました。校内研究の一環として行われた研究授業です。本校では、「学び合いを通して思考を深める児童を目指して」をサブテーマとして、取り組んでいますが、話し合い等の活動が、本当に児童の思考を深めることにつながっているのだろうかと感じる時があります。
児童がどんなことを考えたり思ったりしているのかは、児童自身が言葉に表現しないと分かりません。その言葉とは、音声として声に出すこともあるでしょうし、記述という形で文字で表すこともあるでしょう。すべての児童が45分の授業時間内に自分の思いや考えを発表することは不可能に近いし、できたとしても、時間的にはただ発表するだけで、深め合うことはあまり期待できません。
発表ができなかった子は、ノートやワークシート等に記述することで表現をします。両方できるに越したことはありませんが、いずれかでもOKと考えた方がよいでしょう。
そこで気になるのは、最初にもった思いや考えが、学び合いや話し合い等を経て深まったと言えるかどうかということです。今日の3年生の授業にそのヒントがありました。
「○○さんの意見を聞いて、変わりました。『よくない』ところもあったし、最後の最後は家族に会えて『よかった』ところもあると思います。
「◇◇さんの意見を聞いて、『よくなかった』から『よかった』に変わりました。ちいちゃんは幸せだっと思います。」
「僕は、戦争の話で、お母さんたちとはぐれて悲しいし、よくない話だと思います。」
「お父さんは戦争に行って死んでしまって空にいるし、2の場面では、戦争でちいちゃんが炎に追いかけられてはぐれてしまい、3の場面ではお母さんたちと離れ、4の場面ではちいちゃんは死んでしまうからよくない話だと思います。」
「□□さんと△△さんが言ったように、炎に追いかけられたり、死んでしまったりしたから、やっぱり『よくなかった』と思います。」
など、児童の意見が続きます。
「『ちいちゃんのかげおくり』という話は、『よかったのか、よくなかったのか』」というテーマで話し合うことについては、賛否両論あるかと思いますが、児童が「〜さんの意見を聞いて、〜というように変わった。」「〜さんが言ったように、〜だと思う。」という言葉が出るのは、友達の発言を聞いて、自分の思いや考えと照らし合わせ、見つめ直している証拠です。見つめ直した結果、自分の考えが変わることもあれば、強化されることもあるでしょう。大事なことは、自分の思いや考えのみに固執せず、他者の思いや考えを受け入れながら、深化させるという姿勢です。独善に陥らず、広い視野で物事をとらえるということは、生きていくうえでも必要な力。人が成長するかどうかも、このような姿勢や力を身に付けているかどうかで分かれると言っても過言ではないかもしれません。
今日の授業者は若手で経験も浅く、授業力という視点ではまだまだ課題もあるかと思いますが、今日の授業のように、友達の意見を取り入れながら自分自身の意見を見つめ直せるような話し合いができる学級集団を作れていることは、大いに評価できます。授業者も児童も、今後の成長が楽しみです。
ちなみに、先週の金曜日も5年生のあるクラスが研究授業を行っていましたが、私は、1年生の遠足の引率のため、参観することができませんでした。参観した教頭の報告では、児童相互で発言をつないでいけるようないい授業だったそうです。教師から児童への一問一答ではなく、一問多答で展開するような授業。子供たちが主体的に学びに向かっている証とも言えるでしょう。こちらもまた、授業者・児童の成長が非常に楽しみです