学校日記

【校長のつぶやき】戦後80年…今日は「終戦の日」(令和7年8月15日・金)

公開日
2025/08/15
更新日
2025/08/15

校長のつぶやき

8月15日…「終戦の日」です。

ここのところ、戦争に関する新聞記事やテレビ番組を目にする機会が多くなりました。

昨日、視聴したある番組で、1945年8月15日の正午の天皇陛下による玉音放送(いわゆる「終戦」を伝えた放送)の後も、特攻に行った若者たちがいるということを放送していました。

なぜ、戦争が終わっても特攻に行ったのか…いろいろな要因が考えられますが、当時、予科練で一緒に過ごしていた親友の証言に「同調圧力」もあったのではないかという言葉がありました。

「同調圧力」とは、意見や行動を少数派が多数派に合わせるよう強制する無言の圧力のことで、日本は、集団主義や和を重んじる傾向があり、この「同調圧力」が強い傾向があると言われています。(昔も今も)

集団で生活していくうえで、「同調圧力」はメリット・デメリットの両面があるので、一概に、いい・悪いとは言えません。

学校や職場においても、この傾向はあると言えるかもしれません。


ただ、多数派が必ずしも正しいとは限りません。

何が「正しい」とはっきりと言えないことも多いのですが…。


今から18年前、私が最後に担任をさせてもらったのは、酒匂小学校で6年生でした。

社会科の時間に歴史を学んでいく中で、幾度か、その時代の社会事象や人物の行いについて、どう考えるか、自分だったらどうするかなどを考える時間を設けていました。


戦国時代の学習で、小田原の北條5代を教材化したことがあります。

北條氏は、領民のことをよく考え、城下も反映していました。

実際に、どんな統治をしていたかを調べました。

その後、豊臣秀吉がいよいよ全国統一というときに小田原城を攻めに来た時に、北條氏が酒匂村に動員令を出し、北條氏のために戦うように呼びかけます。

この「動員令」が資料として残っていたので、分かりやすい言葉に変えて、当時の6年生に「自分たちだったらどうする?」と投げかけると、多くの子が「よくしてもらった北條氏のために戦いに行く」と答えました。

「死ぬのが怖いから行かない。」という子は少数派です。

正直なところ、私は心の中でびっくり。

しばらく理由とともに意見交換をした後に、手作り甲冑隊からお借りしていた日本刀の模型を取り出し、子供たちの目の前に出し、「これで人を斬るということ?」と揺さぶりをかけましたが、意見を変える子は数人で、多くの子は「それでも行く。」とのこと。

「これまで北條氏にお世話になってきたのだから、鎌倉時代の『御恩と奉公』の関係に近い。」と言う子もいます。

「今だったら行かないけど、当時の状況だったら行かざるを得ない。」と言う子もいました。

「なるほど」と思いながら、それ以上は突っ込むことはできませんでした。


その後、明治時代の学習になって、日清・日露戦争とその結果として不平等条約の条約改正・八幡製鉄所などの官営工場の建設などの産業の発展について学びました。

ここでも、日清・日露戦争で勝ったから、日本が反映した…意味のある戦争だったと評価する子も一定数いました。

戦争による死者数も提示しましたが、「意味があった」「絶対に戦争はやるべきではない」と分かれました。


そして、日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦(当時、教科書では「15年戦争」と呼んでいました)についての学習。

戦争に向かった原因と経過や結果、当然、原爆投下のことも学びます。

この戦争は敗戦したこともあってか、多くの子が「やるべきではなかった。」と言います。

しかし、その理由は様々。

勝っていたらまた思いは異なるのか?原爆投下がなかったら異なるのか?

正直なところ、そこまで追究はできませんでした。

もちろん一つの考え・価値観に導くということはしません。

一人一人の考えは尊重します。


社会科や歴史は暗記教科ではありません。

社会事象に潜んでいる問題を見いだし、その解決のために調べ、自分なりの考えをもち、周囲の子たちと意見交換をしたり、立場を変えていろいろな角度から資料を検討したりしていく中で独りよがりの考えに固執することなく、よりよい考えを追究しようとすることが大事です。

これが、社会の中で生きていく上でも必要な力。

問題解決のために、経済学や経営学、国際関係、自然科学、環境、宗教の違いからのものの見方・考え方、場合によっては、心理学的なアプローチを活用するかもしれません。

そのために、私たちは学問・教科を学んでいるとも言えます。


前述の番組の中で、インタビュアーの俳優さんが、先ほどの戦争経験者(現在99歳:この方は、戦後、中学や高校の教師になられ、今でも、学校で戦争体験を語っているそうです。)に「私たちが戦争を繰り返さないために、何が必要だと思いますか。」と尋ねました。

すると、「分からない。生徒たちには『偉い人の言うことを真に受けるな、一回疑問をもって自分の胸で考えてみろ』と言っている。『個人個人がよく勉強して、本を読んで、テレビを見て、そして友達と話しなさい』って。そして、平和への思いは他の国々の人も必ずもっているから、手を携えてやっていかなければならない。夢みたいだけど、一人一人がんばらなくちゃ。だけど、自分を犠牲にしたらダメ。自分を大事にしないと。」と答えていらっしゃいました。

大学で社会科教育を学んだ時に同じようなことを教授に言われたことを思い出します。

そして、担任してきた児童にも同じようなことを言ってきました。

(「先生や親などの大人が言うことも絶対に正しいとは限らない。自分の頭でよく考えて、友達の意見も聞きながら判断していくことが大事」というようなことを言っていたら、ある保護者から「『先生は、親の言うことは聞かなくてもいい。』と教えているそうですが、どういうことですか」と言われたことありましたが、「そういうことではないです」と弁明した記憶もあります。)

「平和」のために何ができるのか、皆さんにも、ぜひ考えていただきたいです。