漱石 没後100年
- 公開日
- 2016/01/13
- 更新日
- 2016/01/13
校長
漱石 没後100年
正月気分もすっかり抜け、慌ただしく毎日を過ごしております。
先日電車の待ち時間を利用して、久しぶりに本屋をのぞいてみました。
夏目漱石没後100年ということで、漱石関連の書籍が平積みにされていました。
その中から数冊手に取り、ぱらぱらとページをめくったのでした。
「山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
うんうん、その通り、その通り・・・
さらに、『私と個人主義』のページをめくりながら、
「外国の権威にただ盲従するな、疑え」と、警告をしてたな、
などと思い出し、家に帰ったら読み返してみようと思ったのでした。
随分と昔に読んだのですが、改めて、なるほどなあと思う部分がたくさんありました。
「自己の個性の発展を遂げようと思うならば、同時に他人の個性をも尊重しなければならない。自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければならない。自己が全力を示そうと願うならば、それに伴う責任を重んじなければならない。」・・・
昨年も漱石と内田百間(ひゃっけん)との会話を取りあげたのですが、百年前の人物たちが、今の世の中を見通しているとしか思えないような発言をしてます。
内田百間の「ノラや」や「偽吾輩は猫である」も、なかなかおもしろいですよ。
漱石関連では、半藤利一さんの「漱石先生ぞな、もし」もなかなかです。半藤さんの奥さんは、漱石の孫だそうです。
没後100年。今年は少し漱石を読み返し、先人に学び直そうと思います。
余談ですが、本の話になったついでに・・・
熱海の海岸に「お宮の松」というのがあるのをご存じの方も多いと思います。そう、「金色夜叉」の舞台の一つが熱海です。
貫一とお宮の像もあります。
♪熱海の海岸散歩する貫一お宮の 二人連れ 共に歩むも 今日限り・・・♪
若い方はご存じないかもしれませんね? 知ってる方は同世代!(笑)
「宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜・・・十年後の今月今夜・・・一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死でも僕は忘れんよ! いいか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が・・・」
内容はさておき、毎年同じ日に、同じ月を見ることができるなんて・・・現在ではあり得ません。なぜでしょう?
これは旧暦(太陰暦)の特徴なんですね。
現在の太陽暦では、貫一のこのせりふは通用しません。
「17夜の月」は、満月から少しかけ始めており、少しもの悲しさを感じさせます。
1995年の1月17日は、阪神淡路大震災のメモリアルデイでもあります。