学校での子どもたちの様子をお伝えします。

昨夜のテレビから

昨夜のテレビから

昨日(12月3日)、家に帰るなり「はやぶさ2」の地球スイングバイ関連のニュースを見ようとテレビをつけたところ、NHKクローズアップ現代をやってました。
番組では、ノーベル賞授賞式を前に「チームでつかんだノーベル賞」と題して、梶田隆章さんの「ニュートリノが質量をもつことを示すニュートリノ振動の発見」に至る研究過程を取りあげていました。

素粒子物理学は凡人の僕には、解説を聞いても難解で全く理解できません。トホホ状態です。
しかし、番組を見終わって、タイトルの「チームでつかんだノーベル賞」ということについては、“なるほどなぁ!” と思ったのでした。

素粒子物理学の世界では、理論が著しく先行していくなかで、後から現象を実証確認するといった研究・作業が行われています。
梶田さんは、師であるノーベル賞受賞者の小柴さんやチームリーダー、その他多くの人との協力関係があったからこそ、ニュートリノに質量があることを実証できたのだと語ります。

今回の研究は、宇宙の起源を解き明かす新たな粒子の発見や物質世界を説明する「大統一理論」につながるとされ、多くの科学者が梶田さんの理論をもとに更なる理論研究、実証研究を進めている姿が映し出されていました。

ガリレオ・ガリレイが1609年、手作りの望遠鏡で天体観測を始めてから400年余り、科学技術の進歩はとどまるところを知りません。
それどころか、加速度的に進化しているように感じます。
その科学技術の分野でも、人格形成を含めた師弟関係や同僚・仲間との関係、自分の専門以外の分野の人たちとの関係があってこそ、進歩があるのだと再認識したのでした。

余談ですが、江戸時代に全国を歩き「大日本沿海輿地全図」という日本地図を作った伊能忠敬は、酒、醤油の醸造、貸金業を営んでいた伊能家に婿入りします。詳細は省略しますが、忠敬は若くして名主としても活躍します。

その忠敬は天文学に興味を持ち、江戸へ出て元大坂(明治4年の廃藩置県以前までは大坂。以後は大阪)の同心であった天文方高橋至時(たかはしよしとき)に師事します。
至時は大坂では麻田剛立(あさだごうりゅう)の天文塾(先事館)で学び、そこの同僚に町人の間重富(はざましげとみ)がおりました。間重富も幕府の要請で至時と一緒に江戸で暦の改正にあたります。忠敬との関係では、測量機器の製作に尽力します。
この二人の助けがあったからこそ、「大日本沿海輿地全図」は作ることができます。忠敬の死後は高橋至時の長男、高橋景保(かげやす)が中心となって完成させます。

また、蝦夷地を探検した間宮林蔵は測量術を忠敬からも学んでいます。「輿地全図」の蝦夷地部分は林蔵の測量図も使われています。
さらに、この地図を国外へ持ち出そうとした「シーボルト事件」には、高橋景保が大きく関わります。

興味のある方は、次の本がお薦めです。
 吉村昭    「ふぉん・しいほるとの娘」、「間宮林蔵」
 高橋大輔   「間宮林蔵・探検家一代 海峡発見と北方民族」
 童門冬二   「伊能忠敬:日本を測量した男」
 井上ひさし  「四千万歩の男」

いつの時代も人間の社会においては、人との関わりでの中で物事は形成され、そして成就するのですね。

さあ、次は7日の「あかつき」です。
「ふたご座流星群」については次回お話します。




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