学校での子どもたちの様子をお伝えします。

十三夜の月

十三夜の月 
 
 10月6日(月)は十三夜の月です。そこで本日は月にまつわるお話しです。
 中秋の名月を鑑賞することは中国から伝わってきました。奈良時代にはすでに宮中などで月見の宴を開いていたと歌集や物語に書かれているそうです。また、庶民の間では、月を神聖なる神としてあがめ、農民は秋の収穫物を供えて五穀豊穣を祝い感謝する祭りをしていました。

 中秋とは旧暦の秋(7・8・9月)の“真ん中の日”を指す言葉で旧暦8月15日のことです。月の満ち欠けによって暦を作っていた太陰暦(旧暦)では、7・8・9月を秋としていていました。その真ん中の8月15日を中秋といいます。秋は空が澄み渡り、月の高度もほどよく眺められる良い季節なので、月を楽しむ習慣が継続しているのでしょう。是非、月を愛でる余裕を持ちたいですね。
 今年の十五夜は9月8日でした。スーパームーンが話題になりましたね。

 中秋の名月は「十五夜」と呼ばれるのは有名ですが、旧暦9月13日の夜を「十三夜」と呼んで、十五夜の次に月を鑑賞する日になっています。十五夜はまたの名を「芋名月」、十三夜のことを「豆名月」「栗名月」と呼び、どちらか一方の月見だけをするのは「片見月」として嫌われていたんだそうです。

 お月見といえば、お月様に兎が餅をついている姿が見えるか目を凝らしてみたことがありますが、月に兎が住んでいるというのは実はこれまた中国人の発想なんです。何故か月に住む兎はみんなオスばかりだそうです???

 また、十三夜の月見は日本独特の風習だそうで、一説には宇多法皇が九月十三夜の月を愛で「無双」と賞したことが始まりとも、醍醐天皇の時代(延喜十九年:西暦919年)に開かれた観月の宴が風習化したものとも言われています。中秋の名月の後なので、「後の月」と言われたり、「小麦の名月」と呼ぶ地方もあります。これは旧暦九月十三日の晩のお天気で、翌年の小麦の豊作、凶作を占う習慣から来ています。十五夜はあまりすっきりしない夜空であることが多いのに対し、十三夜の夜は晴れることが多いようで、「十三夜に曇り無し」という言葉もあります。今年は10月6日(月)です。

 十三夜に関連しては、井上陽水の曲に、「神無月にかこまれて」ってのがあります。学生時代の好きな曲の一つで、よく歌ったものでした。

  人恋しと泣けば十三夜 月はおぼろ 淡い色具合
  雲は月を隠さぬ様に やさしく流れ
  丸い月には流れる雲が ちぎれた雲がよくにあう

  風がさわぐ今や冬隣り 逃げる様に渡り鳥がゆく
  列についてゆけない者に また来る春が
  あるかどうかは誰もしらない ただひたすらの風まかせ

  神無月に僕はかこまれて 口笛吹く それはこだまする
  青い夜の空気の中に 生きてるものは
  涙も見せず笑いも忘れ 息をひそめて冬を待つ

 「神無月」までには少し時間がありますね。秋の夜長をうまく活用してください。月見で一句というのも風流ですが・・・僕はもっぱら月見で・・です

<おまけ>10月8日は『皆既月食』がみられます。部分食の始まりは18時14分頃、食の最大は19時54分頃、部分食の終わりは21時34分頃です。
 地球と月は太陽の光を反射して輝く天体です。地球(月)にも太陽の光による影があり、太陽とは反対の方向に伸びています。この地球の影の中を月が通過することによって、月が暗くなったり、欠けたように見えたりする現象が「月食」です。月食は太陽-地球-月が一直線に並ぶとき、満月のときだけに起こります。でも黄道と白道の関係とかがあり、常に起こるわけではありません。
自然界には不思議がいっぱいです。



リニア開通の夢〜新幹線開業50周年の年に

リニア開通の夢〜新幹線開業50周年の年に

先日、リニア中央新幹線の開業を目指すJR東海が山梨のリニア実験線で報道向けの試乗会を行ったとのニュースを見ました。
L0系車両は最初はタイヤで走り、時速160キロを過ぎると車体が磁力で浮上し
時速500キロで走るのだそうです。
11月には一般向けの試乗会も行うとのことですから、興味のある方はJR東海のホームページをご覧ください。

リニアは2027年に名古屋までの開通を目指すそうです。大阪までは2045年の開通だそうです。
僕も運がよければ大阪まで1時間で行けるリニアに乗ることができるかもしれません。
コストや環境問題等様々な課題があるのでしょうが、実現すれば技術大国日本の面目役如といったところでしょうか。

僕が小学校に入学した年の昭和39年10月1日に新幹線は開業しました。
「夢の超特急」と云われたひかり号、こだま号とも当時の小学生のあこがれの的でした。
東京−大阪間を3時間15分で結ぶ新幹線は、まさに日本列島を距離・時間的に短縮しました。余談ですが、「こだま」は東海道線の特急の名前がそのまま使われたのでした。

小田原は新幹線とは縁の深い場所です。
東海道新幹線の建設時に旧国鉄が東京大阪間全線に先駆けて綾瀬−鴨宮間に試験用区間を設け、鴨宮基地がおかれたのでした。ここで走行試験や乗務員養成が行われました。
関係者以外立ち入り禁止と云うことで一般には公開されていませんが「新幹線発祥の地」の記念碑が開業10周年目に当たる74年に鴨宮の新幹線の線路脇につくられました。僕は写真でしか見たことはありません。

今年は50周年と云うことで、記念イベントもマロニエ等で行われます。
小田原高校でもOBが走行試験時から新幹線を運転していた関係で、乗務日誌などの寄贈を受け5月に展示を行いました。
また、NHKでも特集を組みますので是非ご覧ください。

「新幹線を作った男〜島秀夫物語」という本があるのですが、その新幹線の父と云われる島さんのもとで一緒に新幹線の仕事をしていた人物が血縁におります。小学校入学前の僕は、祖母に連れられて東京の永福の自宅へ何回か行ったのでした。ご当人も100歳近くになっていおりますが、機会をつくって往時の話を聞かせていただければと思ってます。また、リニアについての感想も是非聞いてみたいです。

技術の粋を集めたリニアに、今の小学生もあこがれや夢を持って欲しいものです。


シャトル後継機決定

シャトル後継機決定

昨日、スペースシャトルに代わる宇宙船が「CST100」と「ドラゴン」に決定したとの報道を知り、小学生最後の夏が鮮やかによみがえってきました。

僕には忘れられない夏がいっぱいあるんです。
きっと皆さんにもそんな夏があると思うんですが・・・

松任谷由実の曲に「未来は霧の中に」というのがあって、その中で
 ♪ある日目覚めるとテレビジョンには 月を歩いてる飛行士がいた
  私は13 初恋なくして もう 恋はみんな同じ
  そのうち誰かが火星に降りても もう愕かないでしょう♪
とうたいます。

45年前のあの日、1969年7月21日、11歳の僕は近所の食堂でお昼にカレーライスを食べていた。食堂のテレビには本当に月を歩いている飛行士がいたんです。

皆さんもご存じだと思いますが、
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」の名言。「静かの海」に着陸し、人類で初めて月面に左足で一歩を踏んだアポロ11号アームストロング船長の言葉です。17号までのアポロ計画で途中帰還した13号を除き6回、月面着陸に成功してます。
翌年の大阪万博では「月の石」見たさに、アメリカ館の長蛇の列に僕は並んだのでした。(そこでカメラをなくした・・・トホホ)

11歳の僕は“初恋なくした”かどうかは忘れました(直近のことさえわからないことが多くなってきてます)し、天文小僧でもなかったんですが、宇宙の神秘性や不思議に触れ、多くの夢を抱いたのでした。

  
 “そのうち誰かが火星に降りても もう愕かないでしょう”

そんなことはありません。
火星では「キュリオシティ」が探査を行い、初めて大地を掘削し、採取した岩石の成分を分析。火星がかつて生命が存在しうる環境だったことを突き止めるなど大きな成果をあげています。
近い将来、人類が火星に立つ日が来るかもしれません。
好奇心をそそられますね。

月に立ったアームストロング船長は一昨年夏に亡くなりました。82歳だったそうです。
シャトル後継機決定の報道に、11歳のころに抱いた夢はないにしろ、
“感受性と好奇心と挑戦する意欲を失った大人にはならないぞ!”
と再確認した、夏ばて気味の僕でした。


いわさきちひろ没後40年の年に 「大人になること」

いわさきちひろ没後40年の年に「大人になること」

この夏、信州に山歩きに行ったことは前回お話ししました。
あまりにも激しく降る雨に予定を変更して「いわさきちひろ美術館」を
久しぶりに訪れてみたのでした。
子どもをテ−マにした作品は、
色あせることなく優しくその場にいる人々を包みこんでくれました。

いわさきさんに最初に出会ったのは中学校の図書館でした。
漫画好きの僕が絵本を手に取るなんて滅多にないことですが、
その画風に引きつけられ手にしたのでした。
余談ですが、60年代後半から70年代初頭にかけてはスポ根全盛期で、
巨人の星、あしたのジョー、タイガーマスクなどが男子の人気をさらってました。
女子はチッチとサリー、エースをねらえ、パタリロなどを読んでました。

いわさきさんは74年8月に亡くなるのですが、
「大人になること」という一文が今も忘れらません。
著作権等の問題があるので全文を掲載はしませんが、
ネットで検索していただけるとすぐに見つかります。
自分の半生を振り返っているのですが、終末は次の文で結ばれています。

  大人というものはどんなに苦労が多くても、
  自分の方から人を愛していける人間になることなんだと思います。

素敵な言葉です。
そんな大人になりたいですね。

♪人生楽ありゃ苦もあるさ♪

♪人生楽ありゃ苦もあるさ♪

一定の年齢以上の方なら、水戸黄門の主題歌はご存じかと思います。
BSでは西村晃さんの黄門、あおい輝彦さんが助さん役を演じている作品が
再放送されています。今から25・6年前の作品でしょうか。
僕が子どもの頃は東野英治郎さんが黄門でした。
主題歌は山上路夫さんが作詞しています。

この夏、信州で山歩きをしてきました。
あいにく天候に恵まれず絶景を楽しむことはできませんでしたが、
シャジンやアキノキリンソウなどの高山植物が疲れた体を癒やしてくれました。
最近は山岳関係の番組を好んで視ているのですが、視ているだけで山に登った気になります。苦労せずに山を征服した気になるから不思議です。

“若いときの苦労は買ってでもしろ”
そんな境地になるのは、自分がそれなりの年齢になってからのことです。
バーチャルの世界が日常の一部となっている今の児童・生徒を含め若い人にはなかなか通じにくいことだと思います。

子どもの生活体験・経験不足、社会性の欠如が指摘されてから久しいですが、
高度に利便性が発展した現代社会において
子どもに積極的に苦労をさせろとはいいませんが、少し我慢をさせてみることも
時には必要なのだと思います。

人生の荒波は、なければそれに越したことはありません。
しかし、額に汗し、苦労して登った者でなければその達成感を味わうことはできません。必ずしも苦労したからといって絶景というご褒美にありつけるわけではありませんが・・・・むしろ限られた日程で登るときはご褒美にありつけないことの方が多いようです。

今、子どもたちは運動会の練習に取り組んでいます。
上級生が下級生に丁寧に指導しながら練習しています。
運動が苦手な子もいるのでしょうが、みな汗をかきながら一生懸命です。

水戸黄門の主題歌は、
  ♪人生楽ありゃ苦もあるさ 涙の後には虹も出る
   歩いてゆくんだしっかりと 自分の道をふみしめて♪
と歌ったあと3番では、
  ♪人生涙と笑顔あり そんなに悪くはないもんだ
   なんにもしないで生きるより 何かを求めて生きようよ♪
と続きます。

1番の ♪自分の道をふみしめて♪ 
これもなかなか難しいですね。
“道”については、いずれまた別の機会にお話ししたいと思いますが、
みな同じ道を歩くのではありませんね。
みな違っていいのです。違って当然です。
その道を見つけるためにも、少し我慢をし、少し挑戦し、ためらいながらも一歩を踏み出してみることが大事です。

歌の話ばかりで恐縮ですが、吉田拓郎は「人生を語らず」という曲のなかで、
  ♪わかり合うより 確かめ合うことだ 季節の巡る中で 今日を確かめる
   超えるものは すべて手探りの中で 見知らぬ旅人に 夢よ多かれ
   超えていけそこを 超えていけそれを 今はまだ人生を語らず♪
と歌います。

バーチャルの世界だけでなく、
現実の世界に疑問を持ちながら一歩を踏み出して欲しいものです。
失敗したっていいんですから・・・・泣くのがいやなら さあ歩け!?

夏休みの作品に思う

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夏休みの作品に思う

各学年の教室や廊下に子どもたちの自由研究、読書感想文、
書などの夏休みの作品が展示されています。

どの作品も力作揃いでそれぞれの感性が光ります。
テーマ設定や視点の置き所に、“なるほど、そうなんだ”と驚かせられてます。
だんだん齢を重ねてくるとものの見方が平面的になってくるようで、
子どもたちの感性に刺激を受けっぱなしです。

五木寛之氏は著書「人間の関係」のなかで、
人間は四つの段階をへて変わっていくといってます。

  子供から少年時代にかけては「おどろく」ことで成長します
  やがて「よろこぶ」時代をすごす
  そして ある時期から「かなしむ」ことの大切さに 気づくようになってくる
  しめくくりは「ありがとう」という世界ではないか

人は四つの段階をへるごとに、
目が向き心に留まるものが変化してゆくのかもしれませんね。

子どもや少年時代まっただなかの本校の子どもには、
「おどろく」こと、そして「よろこび」に意識を集中して、
毎日を過ごして欲しいものです。

私は「ありがとう」と感謝しながら毎日を過ごしたいと思います。

9月1日 全校朝会

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足柄小に元気な子どもたちが戻ってきました。

全校集会で校長は夏休みの振り返りと、9月からの生活についての話をしました。

皆さんおはようございます。
今年の夏は不安定な天候が続きましたが、それぞれにとって充実した夏休みを送ったことと思います。大きな事故もなく、日に焼けた元気な皆さんの顔を見られたことを嬉しく思います。

7月の集会のときに、夏休みに向けて心がけて欲しいことを5つお話し約束しました。
 1つ目は、健康であること。
 2つ目は、悪いことをしないこと。
 3つ目は、継続してできる何かを頑張ること。
 4つ目は、家の手伝いをすること。
 5つ目は、宿題をきちんとすること。 
そして「自分の成長に 挑戦する夏休み」ととらえて、甘やかすことなく、積極的に自分自身を伸ばして欲しいとお話ししました。

校長先生との約束は守れたでしょうか? 
守れた人も、少し守れなかったという人もいると思います。
今日からいよいよ9月です。9月は運動会もあり、前期のまとめの月でもあります。引き続き「自分の成長にさらに挑戦」して欲しいと思います。

さて、「笑顔で挨拶」を交わすことを皆さんで心がけていますか?今朝も校門で挨拶をしていましたが、挨拶ができない、あるいは挨拶はできるのですが笑顔がない人が見受けられました。

挨拶ができる、明るく振舞える、というのは相手側に立って考えられるということです。そこから工夫ができるし、行動もできる。さらに笑顔は相手の心や気持ちを和らげます。挨拶というのは本当に大切なんです。

そこで、皆さんにお願いがあります。
この9月からは、「自分の成長に挑戦」することに「笑顔で挨拶」を加えて欲しいと思います。 

勉強や学校行事をはじめ、学校の外の世界へでも積極的に挑戦・チャレンジする、「笑顔で挨拶」ができ、「思いやり」の心を大切にし、友達との接し方も考えてもらって、足柄小パワーが爆発すること、足柄小の凄さを見られることを楽しみにしています。
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