1993年(大正2年)早川の旅館かめやに半年ほどいたことがあります。1919年(大正8年)には北原白秋のすすめで小田原町十字三丁目(現在の南町)に引っ越し、約10年間住んでいました。その間、谷崎潤一郎・妻の千代・佐藤春夫の『小田原事件』が起きました。晩年(ばんねん)には小田原の近くの熱海や湯河原にも住んでいました。
谷崎の親友である詩人佐藤春夫が小田原の谷崎家をたずねましたが、谷崎は不在で妻の千代と娘がさびしくくらしていました。そんな境遇(きょうぐう)をかわいそうに思い、谷崎家をたずね不幸な母子をなぐさめているうちに、佐藤と千代はおたがいに心をひかれていきます。谷崎は一度は千代と佐藤を結婚(けっこん)させてよいと考えましたが、やはり千代と離婚(りこん)しないことを決め、佐藤と絶交(ぜっこう)しました。これが『小田原事件』です。その後谷崎と佐藤の交友(こうゆう)が復活し、1930年(昭和5年)には佐藤と千代が結婚することになりました。
